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ブログ第15号:龍田教室ミニ発表会・2021/5/28(金)

 5月14日に予定していた龍田教室の発表会はコロナの影響で中止😔せざるを得なくなり、そこで次のレッスン日(28日)に通常のレッスンを兼ねたミニ発表会をしました。今日はこの日のために高木美和さんの友人・栗原加代子さん🏃‍♀️が山口県下関市から駆け付けてくれました。栗原さんは以前、熊本教室に在籍されていましたが、ご主人の転勤で1年前に下関に引っ越されました。🚚そして下関から比較的近い一美塾の北九州教室(北九州市小倉北区)に入会されました。同じ北九州教室の文屋功さん🏃も応援に駆け付けてくれました。講師の私たち2人を含めて7人というささやかな発表会でしたが、中身の濃い充実したひと時を過ごすことができました。🙌

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プログラムの作成その他の段取り等はすべて高本さんにお願いしました。この場を借りてお礼申し上げます。
20210528須屋公民館on-STAGEプログラム1

20210528須屋公民館on-STAGEプログラム2

演奏は一部のみアップします。
与作:藤田進二さん(龍田教室)北島三郎さんが歌うこの曲は、七澤公典さんが作詞・作曲し、NHKの音楽番組『あなたのメロディ』に応募した作品だそうです。藤田さんにぴったりの曲ですね。『あなたのメロディー』は、1963(昭和38)年から1985(昭和60)年まで22年間放送された音楽番組。アマチュアが作詞作曲した作品を、プロの歌手が歌うコンテスト形式で、この番組から「与作」やトワ・エ・モアの「空よ」などのヒット曲が生まれたそうです。
童神(Warabigami):高本昌範さん(龍田教室)この曲は沖縄の歌手古謝(こじゃ)美佐子さんの歌でご自身が作詞され、作曲は佐原一哉さんです。2001年のNHKの連続テレビ小説「ちゅらさん」の挿入歌として使用され広く知られるようになりました。徳永延生先生の編曲もいいですよ。是非挑戦してください!!
Someone to Watch Over Me(文屋功さん:北九州教室)この曲はジャズのスタンダードで「私を見守ってくれる誰か」💛と訳されています。私は心の中に想い描く理想の人を探すつもり。あちこち探してもまだ見つからない。他の女性にとってはハンサムとは言えない人でもいいの。私の心を開くカギを持っているなら。私はここよ。必要なのよ。見守ってくれる人が・・・・というだいたいこういう歌詞です。メロディと歌詞がぴったりの曲ですね。文屋さんのハーモニカの音色が一段とその雰囲気を醸し出しています。
 ベサメムーチョ💃:高木美和さん(龍田教室)栗原加代子さん(北九州教室:クラベス&カホン) ハーモニカの音量が全体的に小さく申し訳ありませんでした。それにしてもクラベスとカホンが入るとラテン音楽らしくなりますね。リズムを取るのが難しそう。お二人は年齢的にも近く(と思いますが)熊本教室と龍田教室にほぼ同じ時期に入会されました。現在、距離は離れていますが、これから末永くより良い関係を築いていってもらいたいと思います。
エーデルワイス(Edelweiss)🌼:栗原加代子さん(北九州教室)と高木美和さん(龍田教室)です。息の合った二人の演奏をお聴きください。演奏の途中で市役所のコロナ禍防止対策の宣伝車🚐が来てアナウンスを始め、その一部が入ってしまいました、エンディングでは次の曲が出てしまいました。よくあることですが、ごめんなさいね!🙇

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エーデルワイスは、多年草でキク科ウスユキソウ属に分類され、主にヨーロッパのアルプスやヒマラヤ山脈など標高が高い山に生えているそうです。
演奏が終わり公民館の調理室でしばし談笑。向かって左より高木美和、藤田進二、文屋功、清水由美、栗原加代子、高本昌範の皆さんです
以前、テレビでスイスのある地方のことが放映されていました。この地方では男性が求婚する時にこの花を相手の女性に贈るんですよと老夫婦が話されていました。エーデルワイスは危険なところに生息していて、危険を冒してまでも彼女のために採ってくるんだよと言われていたのが印象的でした。

『トラップ一家物語ダイジェスト』

 不朽の名作『サウンド・オブ・ミュージック』で、トラップ大佐がエーデルワイスをギターを弾きながら歌うシーンは何度観ても胸がじ~んときますね。そして驚くのはこのトラップ大佐とその家族(全部で12人)は実在していたということです。その物語をダイジェスト版でまとめてみましたので興味のある方はお読みください。

映画の中でトラップ大佐がエーデルワイスを歌っているシーン

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 ゲオルグ・フォン・トラップ(トラップ大佐)は実在の人物で、最初の妻が亡くなったあとに、家庭教師であったマリア・アウグスタ・クチェラと再婚し、前妻の子供7人とゲオルグとマリアとの間に生まれた3人の子供を合わせ12人の大家族となりました。そして妻のマリアの自叙伝を脚色してつくられたのがミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』です。

 史実(映画のストーリーとは一部異なります。)によると、ゲオルク・フォン・トラップ大佐(ゲオルク)は旧オーストリア=ハンガリー帝国海軍の少佐で、第1次世界大戦で潜水艦艦長として従軍しオーストリア海軍の国民的英雄になりますが、退役後の1933年にオーストリアを襲った金融恐慌によりトラップ家の財産を預けていた銀行が倒産し一家は財産を失います。そこでトラップ邸の空き部屋を神学生に貸し出して歌を各地の催しで披露し収入にしていこうとマリアが提案します。宿舎付き神父フランツ・ヴァスナーはかつてローマで教会音楽を学んでおり、やがて兄弟姉妹の歌の指導・編曲、後にはフォン・トラップ家の財産管理さえも行うようになります。1936年に彼らはザルツブルグ音楽祭のコンテストに参加し、ヴァスナー神父の指揮で兄弟姉妹と母親で歌ったところ優勝します。これを契機に合唱団は人気を博し、やがて「トラップ室内聖歌隊」という名前でヨーロッパ全域を回り、コンサート活動を行います。

 1938年、オーストリアはナチス政権下のドイツに併合されます。オーストリア全土にドイツ軍の進駐が進み、完全にドイツの下に組み込まれましたが、ゲオルクはナチスの旗を家に飾ることを拒否し、ドイツ海軍省からの召集も拒否します。その頃、合唱団がアメリカ合衆国のエージェントから公演の依頼を受けていたこともあり、彼らは家族でオーストリアを離れることになります。映画では、トラップ一家は徒歩で山を越えて逃亡先のスイスへと向かうところで終わっていますが、実際には行動を共にすることに決めたヴァスナー神父と共に、汽車🚂を乗り継いで転々としながら最終的にイギリスのサウサンプトンの港⚓からアメリカへ向けて出航🚢したそうです。

 マリアは後年『私達はアルプスの反対側、現在はイタリア領ですがそこへ辿り着きました。昨日までお金持ちであったのに、次の日から難民になって、貧しい中でも特に貧しい人達になってしまいました。難民は、お金がないだけじゃなく権利もない人達でした。どの国も(難民に対しては)5、6週間の滞在ビザしか発行してくれないので、イタリアからフランス、フランスからベルギー、ベルギーからオランダへと転々としました。お金も無くなって、唯一上手にできるのが歌うことだったので趣味が本職になり、それで一家の生計のやりくりをしていました』と語っています。

 ミュージカルは大ヒットし世界の人々に感動を与えましたが、現実とかけ離れた物語の設定やゲオルクの父親像にマリアと子供たちはショックを受けたそうです。この映画の感想についてアガサ(前妻との間の長女)は、「父親が厳し過ぎるという誤った解釈をされているわ、実際はもっと愛情のある、優しい父親だった」として、初めて鑑賞した際に泣いたことをアガサの友人であるメアリー・ルイーズ・ケーンが明かしたそうです。またアガサは「この映画が自分の家族をベースにした映画でなければ、もっと楽しめた」と後年語ったそうです。アガサの複雑な気持ち、理解できますね。
 マリアは後年、マリア役を演じたジュリー・アンドリュースがホストを務める『The Julie Andrews Hour』にゲストで出演した時は、ジュリーの演技が素晴らしいと褒めたそうです。

 
厳しい父親というのはこの場面ですね
 

 先程出てきたのがサウサンプトンという港町ですが、これで思い出すのが1912年にこの港から悲劇の処女航海に出港したタイタニック号ですね。事実は小説よりも奇なりと言いますが、トラップ一家の歩んだ人生は映画のストーリーでは語りつくせないものがあったに違いありません。

 人生とは筋書きのないドラマ。トラップ一家に限らず私たちの人生は、誰一人例外なく映画のスクリーンや言葉などでは表すことのできない奥深いものではないでしょうか。

 トラップ一家はコンサート活動を終了すると、マリアは数人の子供とアメリカ・バーモント州のストウという地でトラップ・ファミリー・ロッジ(Trapp Family Lodge)を開き、自給自足の傍ら訪問者をもてなしながら各地で講演活動を行ったそうです。現在、このロッジはトラップファミリーの10番目の子供ヨハネス・フォン・トラップの息子であるサム・フォン・トラップによって管理されているそうです。

 ちなみにバーモントと言えば、日本人の私たち(特に60代以降の人たちでしょうか)にはハウス食品の「バーモントカレー」🍛のコマーシャルを思い出しますね。『バーモントの名は、米国東部の長寿で有名なバーモント州に民間療法として伝わるりんご酢とはちみつを使った「バーモント健康法」にちなんだもので、この健康法は当時日本でもブームになっていました。』はハウス食品のホームページからの引用です。発売が1963年だそうです。私が10歳の時ですが、テレビでよく観ていました。何となく当時のコマーシャルのメロディも浮かんできます。まあこれはトラップファミリーとは直接関係がありませんが、歴史を何かに関連付けて探求していけば知識が広がり面白いですね。😀

 今日はデュオ栗原&高木の素敵なエーデルワイス演奏からトラップ一家の波乱万丈の人生、タイタニック号、バーモントカレーへと進みました。最後までお付き合い有り難うございました。

Trapp Family Lodge

アメリカのバーモント州ストウにあるトラップ・ファミリー・ロッジ。中央にオーストリアの国旗が見えます。アメリカへ移住しても祖国オーストリアを愛するトラップ一家の魂がよく表れています。ちなみにオーストリアの国旗はデンマークの国旗やスコットランド旗などとともに、現在まで使用されている世界最古の国旗のひとつだそうです。

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